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朝顔 [花]

梅雨明けを思わせる暑い毎日が続いている。
今年も友人が入谷へ出かけて、朝顔をプレゼントして下さった。
今朝、初花が咲いた。

何とも涼しげな色合い、嬉しい〜、何という品種だろうか?
毎年、本当にありがとうございます。

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今年は時々我が家に夕食を食べに来てくれる1年生ができたので、婆も彼女に習って朝顔の種蒔きをして育てている鉢がある。そちらは、学校の鉢より遅れているので未だ咲かないが、楽しみにしている。

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のっぽさんになってしまった。
夏休みには、1年生の孫も遊びに来てくれると思うので、再び栽培を習おう。

今年は、楽しく夏が過ごせそうだ。



永青文庫 [東京散歩]

洪積台地の目白台から神田川へ下る南向きの斜面に細川家の下屋敷があった。
ブラタモリ流に言えば、ちょうど良い高低差!

さすが文京区、自転車オシャレ

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相続税で物納された田中邸の跡地の公園の先、(今でも和敬塾はあったので、相変わらずコイバナがたくさん咲いている事だろう)永青文庫が細川家の宝物を管理している。
辺りは、関口芭蕉庵もあり、一面の緑。

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お嫁入りの長持ちなど素晴らしかったが、お茶道具は出ていなかった。(茶道具展で巡回中かも)
明治以降も日本の教養の水準をキープして来たジェントルマンのご一族なのだ。
幽斎氏、三斎氏を特集した冊子をゲットした。

細川庭園としてお庭が解放されていた。
台地の崖の其処此処に水が湧き、神田川の向こう岸には甘泉園とお庭が多い。

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雑司が谷から歩き、西早稲田から帰宅した。
久しぶりの早稲田界隈だった。



上野と鎌倉 [東京散歩]

連休の谷間に上野「茶の湯」展と鎌倉ハイクへ出かけた。

久しぶりの上野は混んでいた。
科学博物館の先には、大きなクジラのオブジェが見えた。
そう言えば、昔の釧路鶴ヶ岱公園の博物館の前にも、シロナガスクジラのアゴの骨が、
ベンチのようにあった事など思い出した。
メーデーにひょうたん池でボートに乗せてもらったっけ。

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茶の湯展も混んでいた。
展示の前は二重の人垣で、近くで見たいとチョット大変。
展示は時系列
第一章 足利将軍家の茶湯ー唐物荘厳と唐物数寄
第二章 侘び茶の誕生ー心にかなうもの
第三章 侘び茶の大成ー千利休とその時代
第四章 古典復興ー小堀遠州と松平不昧の茶
第五章 新たな創造ー近代数寄者の眼

静嘉堂でお馴染みの曜変天目茶碗を始め掛物、花入、お道具、色々な名物が展示されていた。
お釜や茶入れも良かったが、茶碗では井戸茶碗と利休好み黄瀬戸に心惹かれた。

また、織部好みベトナム・ホイアン製の水指が面白かった。
そして、利休の絶筆(最後の文)が展示されていて、宛先は細川の松井氏(八代のお殿様)だった事が分かって興味がわいた。
京都を発つ時に秀吉の目を恐れず織部と細川が船を見送ってくれたとしたためてある様だった。
拙い自分の頭の中だが、少しずつリンクが付いていくのが面白い。
いずれも八代の松井文庫にあるらしい。まずは、永青文庫へ行ってみよう。
たっぷり楽しんだ。
外は、雷雨が通過していた。

翌日は晴天、鎌倉ハイクで瑞泉寺へ。
前に訪れた時には、ハイキングコースから降りて行った様な記憶があるが、今回は鎌倉宮から上る。
花の季節が終わり、緑が美しかった。

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水仙は束ねてあった。
裏の庭園は初めて拝見した。

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次は覚園寺へ行ってみよう。



北の丸公園 [東京散歩]

花見がてら、近代美術館の楽焼「茶碗の中の宇宙」展へ出かけた。
長次郎から代々、15世当代、そして次期当主までの作品が見られた。

利休さん、この茶碗でお茶を点てたのかしら?
銘「大黒」から始まる一連の長次郎の黒楽は、ざらつきの少ないキメの肌が鈍く光り、思っていたより華奢で、あたりの良さそうな口つくり、形も生地の厚みもしっくりくる。
赤楽も、それぞれに楽焼の肌だった。
筒茶碗も素敵だった。
こんなんで、利休さんと長次郎さん一人一客の夜咄?良いなぁ。
行きつ戻りつ、しゃがんだり覗き込んだり比べながら、ある黒楽茶碗の前へ立った。
銘「面影」と見た途端に、なぜか涙が溢れてきた。
立ち尽くし動けず、涙が流れ、頭も痛い?
思いがけない自分の反応に、椅子に腰掛け、しばし休憩。
物語が頭の中を巡る。
物が残っていれば、時空を超えて想いを共有できる。
これが偲ぶという事。

私の中で一番の茶碗となった。

my桜、my銀杏など本当は自分の物ではないが、ご近所などの心にかかるそれぞれがある。
物語と共にmy茶碗となった。

落ち着いた後、十五代吉左衛門までの代々の作品を見た。

当代の作品は多くあったが、どうしても用・美と見てしまうので、作品としては面白いのだろうが、飲みやすいだろうか?点てやすいだろうか?という目で見ると、何だかなぁ〜と思ってしまう。

時も場所も忘れ、我に帰り外に出ると眩しい春の午後だった。

そのまま人の流れに乗り千鳥ヶ淵へ
人出は多いが、花は未だ5分咲きまでも開いていないようだ。

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これで満開宣言が出てる?
ここまで来たら、靖国神社の標本木をチェックしなくてはと、向かった。

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この桜はご老体、東京の他のソメイヨシノの開花状況とずれている。
気象庁が百葉箱を北の丸公園へ移したと聞いているので、その近くのソメイヨシノを標本木にすべし!

楽しい春の一日だった。


孫の誕生 [家族]

1月に、二人目となる孫が誕生した。
最初の孫は女児で体重もやっと2600gできゃしゃだったが成長して4月には小学生、今度は男児で3600gとシッカリしている。
婆バカだが、ありがたく嬉しい。
しっかり母乳を飲み、ママも慣れていて上手に育って行きそうだ。
婆の方は、6年の間に身体・頭・心 全てが衰えてきている。
姉と弟の兄弟となり、気を付けてお守りしなくてはと、あらためて決心したところだ。

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一人目の孫の誕生の記事は
http://selybar.blog.so-net.ne.jp/2011-02-07
今読むと、自分が元気だったなと思う。

それでも、自分でできる事は何でもして、平和で健康で希望の未来にしていかなくてはとの想いを強くした。










ベトナム戦争を知らない子供達 [地歴]

帰宅後、残っていた電気工事などを済ませた。

11月に入り、楽しみにしていた激安ベトナム旅行「ダナン・フエ・ホイアンの旅」へ出かけた。
いずれも北爆のニュースでよく目にしていた地名だった。
現ホーチミン(旧サイゴン)へ行った時には行けなかった。

ダナンから古都フエへ
今はハイヴァン峠 ではなくトンネルが出来て便利になった様だ。

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古都といっても1902年〜1945年に、グエン王朝があった。
そんなに古い話ではなかった。
廟は大理石造りというけれど、
アンコールワットの様に、(亜)熱帯モンスーン?で早くも黒い遺跡になっている。

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街中にあるホーチミン氏の卒業した高等学校が見学コースとなっていた。
フエ大学は京都大学の様な存在らしく、落ち着いた街だった。

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川の上流のお寺を見学した。禅宗らしかった。

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王宮があった。1945年までフランス統治下で機能していた。
2重のお濠に囲まれた内部は、戦争の跡が残った壁以外は破壊されていた。
一つずつ復元している所らしい。
日本で普通に戦争中にとか、空襲でとか言うと70年前の太平洋戦争を指すが、ベトナムでは40年前のベトナム戦争を指す。

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市場とスーパーマーケットにも行き、念願の編笠を購入し、早速被り始めた。
これに天秤棒を担げば、ベトナムのお婆さんの出来上がり。
ホテルもランクが上がった。

翌日はホイアンへ移動した。
途中、ベトナム縦断列車と並走した。
3時間に1本しか走らないので、見かけたらラッキーという事らしい。

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ホイアンは、40年も前に茶道で黄交趾とか紫交趾とかを知り、この地からの到来物と知ってから、ずっと興味を持っていた。
ルソン助左衛門?茶屋次郎四郎?がこの地との交易をしていたと。
行ってみれば、確かに数10年の差だとは思うが、この地は越南・中国・日本だけだった。
東インド会社もフランスも気配がなかった。
1600年が関ヶ原、1602年が最初の株式会社の東インド会社だったはず。

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日本橋の先に日本人街があった。

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夜は、色とりどりのランタンで楽しんだ。

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さすがにお米が一年に2回、3回採れる所、米が採れないから蕎麦が名産ではなく、色々なフォーなど米の粉で作られている。
スープは値段で旨味が違う。
バナナの花のスープ

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3泊食事付きで、添乗員は30代のフエ大学で日本語を学んだ好青年。
ベトナムの戦争を知らない子供達も働き盛り、頼もしい。
戦争を知らない子供達とは日本では我々団塊の世代だが、ベトナムの戦争を知らない子供達は、団塊の世代の子供達と同じ世代、一代進んでいる。

シンチャオ(万能挨拶)
カムオン(ありがとう)
ゴン(美味しい)
を覚えた。

1975年に初めてロンドンへ行った時には、街中に高齢者が多いと思ったが、
ご近所は今、老人ばかり。「イギリス病」ではなく「日本病」か。

日本は敗戦の戦後であっても高度成長期にはこんな風に見えた事だろうが、
ベトナムは戦勝後で若い人たちが多く、真面目で将来が楽しみだ。


ロワール国盗り物語 [地歴]

ナントからトゥールへSNCFで移動した。
ナントからTGVでルマン(自動車レースで有名?)、乗り換えてトゥールへ、朝霧の中、森や畑の中を列車は走った。
子供の頃見た映画「わんぱく戦争?」で裸の子供達はこんな森の中にいたような気がした。

トゥールも素敵な街だった。

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ここをベースに2日間、ロワール古城の見学に出かけた。
たくさんのお城が残っている。
いずれも、外からは川や堀のある堅固な城郭で、入ると中庭を囲み、たくさんの塔のある建物となり、さらに庭園やブドウ畑などもあったりする。

庭園が見事で、野菜畑もあるヴィランドリー城

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眠れる森の美女を着想したというユッセ城

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庭園で一位の実を味見したランジェ城

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ブドウ畑の向こうの古城

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霧の中にそびえるアンボワーズ城

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ランチを頂いたシュノンソー城

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猟犬が犬舎にたくさんいたシュヴェルニー城

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広い国立公園となっている大きなシャンポール城

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他にも色々たくさんのシャトーが残っているようだった。

戦国時代、岐阜、尾張、駿河、甲州、信州、関東、、、国盗り物語があった。
西洋史は分かっていないのだが、ヨーロッパでも国盗り物語が展開されていたようだ。
オルレアンのジャンヌダルクはイギリス軍を破った。
日本とはスケールが違う?
でも、よく考えたら、後に秀吉が朝鮮出兵した事と同じ?
もしかすると荒唐無稽な事でもなくヘゲモニーを考えるなら、そうなる?

・・・

シュノンソー城の帰り道、何だか良い香り。
アプローチ道路に沿う用水の向こうに、一面野生のシクラメンが咲いている。
シクラメンの香りがするの?ご存知の方は教えて下さいませ。

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TGVでパリまで出て、2泊した。
オペラ座のバックステージツアーでオケ付きのバレエのリハ−サルを見学した。
豪華な建築を堪能し高い天井を見上げ、ふと私達には2畳台目の茶室にもコスモスの時空があるのだと気が付いた。

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翌朝、宴会をしたシャルルドゴールからアムステルダム経由で成田に帰国した。
食事は、とこでも全て美味しく、パンも全て美味しかった。
豊かな農業国でさすが美食の国。
無事に帰宅できてお疲れ様でした。


ナント茶会2 [茶道]

茶会の会場は、エルドル川というロワールの支流の中ノ島ヴェルサイユ島にある日本庭園の中にあるMaison de l'Erdreというナント市の施設

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こちらで、裏千家の抹茶と松風流の煎茶のコラボレーション茶会が開かれた。
250人もの市民の方が、お客様として来て下さり盛会だった。

茶会の様子はこちらから

日本からパリやナントに移り住んでいる日本の女性の方達や、フランス人で日本で暮らした日本通の方達やインターナショナルに活躍している若い青年達に助けられ、それぞれの文化を尊敬しながら興味深い交流が楽しかった。
ナントの市民の方達も、老若男女幅広く興味を持って下さっているようだった。

ナント出身のナポレオンの将軍ピエール・カンブロンヌ?の家で歓迎会を開いて下さった。

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旅のミッションを盛会に終え、次はお楽しみのロワール古城巡りへ。


ナント茶会1 [茶道]

ソウルから帰宅後、翌週には春から予定のナント茶会のお手伝いにフランスへ出かけた。
茶道具など荷物もあり、羽田からの夜行便で夜明けのシャルルドゴールへ。(フィンランド上空ではオーロラが見えた)
乗り継ぎ便を待つ間、朝食宴会してナント・アトランティック空港へ到着。
岐阜からの方などは、ご自宅を出てから、30時間位かかった様だ。

ナントはロワール川の河口近くにあり、世界史に出てくるらしいが、大西洋への出発地としてしか知らなかった。
ネットで調べたら、アフリカからの奴隷の三角貿易で財を成した街だと知った。
今は、どんな産業がありますか?と尋ねたら、エアバスの工場とトヨタの工場があるとの事、製造業の街らしい。
お城や大聖堂など中世からの街並みにトラムが走る暮らしやすそうな街だ。

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ブルターニュ公爵城
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フランスでも古いパッサージュもある。
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市内見学が終わり、いよいよ茶会の準備が始まる。
続く

ソウル2016秋 [家族]

台風が次々に来て、9月末にやっとリフォームの目処がついた。
細かい仕上げは後回しで、あちこち約束していた旅行に出た。
まずは、秋恒例の娘と孫とのソウル行から。

今年は年長さんになった孫と妊婦さんと3人の旅なので、滞在も短く、民宿やお風呂はやめてインターコンチネンタルホテルに泊まり隣のCOEXで遊ぶゆるーいスケジュールとした。
ヒトの事は言えない、私も上の子の手を引いて、下の子を妊娠中に夫の赴任先であるヨルダンまで南回りで出かけた前科がある。

地下鉄を降りると、私の様なハルモニお婆ちゃん達がゾロゾロとエスカレーターを上る。
駅名となっている「奉恩寺」は丁度秋の例大祭?まるで4の日の巣鴨のようだった。

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お気に入りのK-POPスターを楽しみに、SMタウンとかSUM CAFEとかに出かけて行った。

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ホテルに戻ると、早速、テレビの歌謡番組のK-POPの放送で、、本日発売でSUM CAFEの地下売店で買ったばかりのディスクを手に母娘で踊っている。

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東大門に出かけたり、王様の猟場であったという「ソウルの森」に出かけたりして遊んだ。

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美味しかったのは、セリがたくさん入った鱈のお鍋だった。

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来年は小学生と赤ちゃんで旅行どころでは無いハズ、思い切って出かけ、3人で無事に帰宅できた。
出かけて良かった。

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